You Must Believe in Spring|ビル・エヴァンス(Bill Evans)のかたつぶりレビュー
You Must Believe in Spring / The Bill Evans Trio
1. B Minor Waltz
2. You Must Believe in Spring
3. Gary's Theme
4. We Will Meet Again
5. The Peacocks
6. Sometime Ago
7. Theme from M*A*S*H (Suicide Is Painless)
Bonus Tracks
8. Without a Song
9. Freddie Freeloader
10. All of You
Bill Evans (p)
Eddie Gomez (b)
Eliot Zigmund (ds)
録音:1977年8月23日〜25日
レーベル:Warner Bros.
背景
エヴァンスが晩年に録音した作品には、死の間際にいた彼の心情を表すようなタイトルがつけられています。
1977年の5月に『I Will Say Goodbye』、1979年の8月に『We Will Meet Again』、そしてこの2枚のアルバムの間に録音されたのが 本作の『You Must Believe in Spring』です。
ジャズピアニストとして活動を始めた当初からドラッグの問題を抱えていたエヴァンスは、身体を壊してもなお薬物を絶つことができず、1980年9月15日にこの世を去った。
本作は録音からリリースまでの間が空いていて、1981年に追悼盤としてリリースされた。
本作を語る際に、よく事実婚の関係にあった妻エレインの地下鉄への投身自殺や、実兄の自殺を持ち出されますが、時系列的にズレがあることが指摘されていて、直接的な関係があったかは定かではありません。
収録曲
1. B Minor Waltz
エヴァンズ作曲のアルバム冒頭曲。
エヴァンズの美しいピアノの旋律から始まる。
悲しいメロディだが、感傷的になりすぎずに、ある種の冷たさや、硬さを保っているのがエヴァンスらしいと思う。
彼が作曲したワルツには有名な「Waltz For Debby」がありますね。
かわいらしいメロディで、「存在するもの」の愛らしさ、歓びを感じる曲です。
一方で本作のワルツからは、「喪失すること」の中にある自己陶酔的な美しさを感じる。
2. You Must Believe in Spring
フランスの作曲家、ミシェル・ルグランの曲であり、本作のアルバムタイトルになっている。
この曲はフランス映画『Les Demoiselles de Rochefort(ロシュフォールの恋人たち)』の挿入曲「Chanson de Maxence」がオリジナルであり、それに英語詩をつけたものが「You Must Believe in Spring」みたいです。
1曲目と同様にピアノの美しい旋律から始まるが、後半はベースとドラムスがビートを持ち上げて、内向的なままで終わらずに前へ進む力を感じる。
この曲はベースがかっこいい。
1:36くらいから始まるベースソロはもちろん、ピアノソロの裏でパートの短い音符と長い音符を組み合わせたフレーズは表情豊かですばらしい。
後半のウォーキングベースもバンドの熱が上がりすぎないよう温度を保ったまま、前へ前へ進めていく。
3. Gary's Theme
冒頭からピアノはドビュッシーのような浮遊感のある和音を重ねて、ゆったりと曲を進めていく。
ピアノの旋律にゴメスのベースラインが絡み合って、静かな曲に有機的な、血の温かさのようなものが生まれているように感じる。
4. We Will Meet Again
エヴァンスの作曲曲。
この印象的なタイトルは彼の最後のスタジオ録音のアルバムにも使われた。
#1の「B Minor Waltz」と同じように、もの悲しさを湛えた曲だが理性を意識的に保っているよう。
ちなみにアルバム『We Will Meet Again』の最終トラックにもこの曲が収録されています。
エヴァンスのピアノソロで本作よりも感情的な演奏になっている。
5. The Peacocks
アナログ盤ではこの曲からB面になります。
アメリカのジャズピアニスト、ボーカリストであるジミー・ロウルズ(Jimmy[Jimmie] Rowles)の作曲曲。
ベースとドラムスはあくまでも曲を支える役割に徹しているが、この曲のよさをよく引き出している演奏だと思う。
6. Sometime Ago
リイシュー版に収録されているボーナストラックを除けば、本作で唯一の明るい曲調の曲です。
このアルバムに通底するひりっとする緊張感はこの曲にもあるけど、いくぶんかは肩の力を抜いて聴くことができる曲じゃないかなと思う。
2:12くらいからのベースソロは、高い位置で早いパッセージもありつつも優しい音色の演奏でこの曲のアクセントになっている。
7. Theme from M*A*S*H(Suicide Is Painless)
ジョニー・マンデル(Johnny Mandel)の作曲、1970年のロバート・アルトマン監督の映画『M*A*S*H』のテーマ曲が原曲。
ビル・エヴァンス・トリオの演奏はベースのリフや手数の多いドラムが印象的で、アコースティックギターの指弾きが主体の静かなアレンジの原曲とは雰囲気が異なる。
リズミカルなサウンドのため、美しく、哀しげなメロディもクールに響く。
アルバムの最終曲として、悲しげな曲の多い本作が感傷的になりすぎないようにバランスを保っているようにも思える。
ちなみに映画『M*A*S*H』は、戦争を題材にしたブラックコメディ映画みたいです。
この映画には可笑しいシーンも多くあり、テーマ曲だけを聴いて浮かぶイメージとは少し異なるかもしれない。
Bonus Track
8. Without a Song
9. Freddie Freeloader
10. All of You
本作のリイシュー版で収録されたボーナストラック。
このアルバムの雰囲気にはそぐわないが、明るく肩の力をぬいて聴くことができます。
終わりに
全曲を通して「哀しみ」と、その哀しみを通してしか見ることのできない「美しさ」に感じる作品です。
僕が言うまでもなく大名盤ですね。
少し個人的な話を。
僕がこのアルバムを知ったのは高校生の時です。
エヴァンスの「リバーサイド4部作」を含め、初期のアルバムを数枚聴いた後に、彼の晩年の演奏も聴いてみようとこのアルバムを購入した。
僕はこのアルバムを結構気に入って、他の晩年のアルバムにも手を出した。
当時ある女の子と音楽の話をした時、ジャズを聴いたことのない彼女にCDを貸すことになった。
そこで僕はこのアルバムを選んだ。
あまり反応はなかったような気がするから、今思うと初期の楽しく聴けるCDを渡した方が良かったとも思う。
でも当時このアルバムに惹かれていた僕は、自分の心のパーソナルな部分をその子と共有したかったんだと思う。
このアルバムにはそんな少し青い思い出もあります。
jazz#2
20210712